日本代表が発表になりました。
今回の三苫選手の選外は致し方ないことです。
このように怪我のせいでワールドカップ涙をのんだ名選手はたくさんいます。
「その人がいれば・・」もあるし、
「その人がいなかったから」別のスーパースターが生まれた、
そんなことがありました。
また選ばれてはいたけど怪我で期待された活躍が出来なかった、
また途中の怪我でやむなく離脱、
そういう選手もたくさんいます。
これを日本代表(その①)、世界の代表(その②)の記憶をたどってみます。
まず日本代表から。
高原直泰(2002年 日韓大会)
当時、エースストライカーとして絶頂期。
大会直前の遠征帰りの飛行機でエコノミークラス症候群(肺血栓塞栓症)を発症。
地元開催のW杯という大舞台を目前無念の欠場となりました。
そのとき「エコノミー症候群」は世間に注目されましたよね。
内田篤人(2014年 ブラジル大会)
右膝に右膝蓋断裂という重傷を抱え、
手術をすればW杯に間に合わないという状況で温存療法を選択。
強行出場したものの、
本来の攻撃的なオーバーラップが出来なかった記憶があります。
久保 竜彦
この人ですよ。「日本史上最強のストライカー」だったはず。
ついにワールドカップのピッチに立てなかった、、、
2002年 日韓大会
トルシエ政権下でエース候補だったはずなのに最終メンバーから落選。
「ジーコがいれば久保を選んでいた」と言われるほどの衝撃でしたね。
安定感ないのと怪我がちなのが理由だったかどうか。
2006年 ドイツ大会
ジーコジャパンで欧州遠征などで驚異的なゴールを連発。
あれは本当にすごかった。すごい身体能力でまさに爆撃機。
ところが腰痛と膝の負傷でメンバー外に。
もし万全だったら、、、そんなことはないけど、
小野 伸二
最高の天才でありつつ、常に怪我との戦い。
これも「たられば」ですけど、
万全な小野がいたら代表成績は間違いなく全く違うはず。
2002年 日韓大会
左膝前十字靭帯を断裂、これがすべて。これで輝くが失われました。
怪我から一応の復帰したものの、大会直前にエコノミー症候群。
その体調は大きく響いたと思います。
代表とエコノミー症候群、なぜかそういう時代でした。
2006年 ドイツ大会
足首の慢性的な痛みを抱えて、ジーコ監督の信頼は厚かったものの、
フル稼働できる状態ではなく、途中出場がメインとなりました。
年齢的には最高のプレーを見せられたはずなのに・・
名波 浩 → 稲本 潤一(2002年 日韓W杯)
当時のトルシエジャパンの中盤は名波浩で構築。
ところがまさかの膝の重傷で本大会を欠場。
この危機を救ったのが稲本。
初戦のベルギー戦、続くロシア戦と連続ゴールを挙げ、
日本中が喚起の渦に巻き込みまれたのは忘れられませんね。
それまで「司令塔」ありきだったのが、
ボランチこそ試合のキーになっていることを世間は知りましたよね。
この他、怪我ではないけど、
前園真聖 → 中田 英寿
中村 俊輔 → 本田 圭佑
というようなエース不振の「代役」がスターになったこともありました。
では、続いて世界の代表で怪我で活躍できなかった名選手、
そして代役でスターになった選手編に続きます。
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