
名店が名店であることとと、
名店であるための味を維持する、これは全く別の意味合いがある。
久しぶりの渋谷のラーメンの名店、「中華麺店 喜楽」です。
私が最初に訪れたのは今から45年前くらいになるのかなぁ。
店構えは大きく変わったけど、この場所この規模はほぼ変わらず。
今回はどいうわけか息子が「喜楽に行ってみたい」と言い出したので、
休日の時間、息子、娘と3人でその時間を作り出かけました。
息子としては愛する「かぶとや!」の閉店を惜しみ、
そのルーツたる喜楽の味を確かめたかった、そういう想いだったと思います。

百軒店。

日曜の13時すぎ。
このくらいの並びは普通だし、
回転は非常に速いのでなんて言うことはありません。

でも、並んでる間にオーダーを取られますので、
ここで決めておかないと。
最初のころはこの逆の配置でした。
白木のカウンターでどうだろう10数人座れたかなぁ。
それが揃うまで作らないというのが、いい悪いありましたけど。

複数人は基本2階です。

奥の席へ。
前もここだったような。

すでにオーダー済みなのであまり意味ないですけど(笑)
平日で空いていれば着席オーダー。
今日は趣向を変えて私は「炒麺」=焼きそば。

今の物価高、渋谷という土地柄からしたら、
むしろ企業努力といってもいい価格帯ですね。

炒飯。
いわゆるチャーシューチャーハンになると思いますが、
ご覧の通り炒めムラがかなりあって、
実際味も全体がなじんだおらず均一感がないものでした。
ワンタン麺。
混んでる時の喜楽はそのその昔からこんな感じで乱雑。
回転重視でこうなるのは今も昔も一緒。
混んでない時はこういう姿じゃないし。

これ以上どうにもならない気もしないでないけど、、、
やはり乱雑。

美味しい料理は、美味しく見えてこそ、
そう思ってしまうのは当たり前の消費者心理。
焼きそばであっても「揚げねぎ」を使うのは喜楽らしさ。
その風味が独特。
でも、そんなことより麺がべちゃべちゃ。
麺を茹で過ぎたのか、しっかり炒まっていないのか、
麺の小麦粉が溶けだしている状態。

なので、同じように「雑に作られたなぁ」と感じてしまう次第。
1日に何百杯も調理していれば、こういうこともあるでしょう。

餃子。これが実に不思議。
こんなに餡が甘い餃子はお目にかかった記憶がない。
野菜の純粋な甘さとはちょっと思えない。
甘み、ではなく、甘い。

ここまで否定的な感じで書いてしまいました。
この喜楽の存在を否定するものではなく、
パフォーマンスが出ない日に当たってしまった、
もうこれはしょうがないなとは思います。
40年前くらい(渋谷が仕事場だったころ)だって、
「今日はハズレの日だ」ということが何度かありましたから。
事実、息子も娘もいちおう「美味しかった」とは言いましたが、
直後、いつものように饒舌な振り返りをしなかったとことをみると、
心の中はちょっと違う感想を持っていたのでしょう。
今も変わらず「名店」と言われています。
でも名店と言われることは未来永劫ではないわけで、
この長い時間なぜなぜ埋没もせずに保持できているのか、
そこに何かの秘密がある気がします。
一つには、土地柄文化の継承という点が重要かと。
支店も出さず、店も大きく広げずやってきたことで、
「変わってない」という担保が出来たから。
喜楽は、ラーメンの名店という枠組み以上に、
「渋谷の名店」というくくりが多くの人の評価かもしれません。
「老舗」と称されるのはこのような道のりを経たとき、
そういうブランドに昇華するんでしょうね。
同じ百軒店でいえば、このムルギーもそう。
名曲喫茶「ライオン」だってそう。
まさしく、渋谷の名店で老舗。
この日、味が乱雑なときに当たったのはちょっと残念ではあるけど、
「渋谷の喜楽に行ってきた」に一定の充足感はあるので、
今回はそういう日だったと再認識します。
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