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【雑話】今年の ”初” 冷やし中華 は何処にする? & 私の「冷やし中華論」

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今年も冷やし中華の時期になってまいりました。

その年の「初冷やし中華」をどこにするのか、これが毎年毎年の楽しみになったりしていまして・・(笑)

いろいろ迷っているのですがまだ決まりません。

できたらラーメン専門店ではなく「町中華」から選びたいなと思っています。

変わり種よりも「らしい」冷やし中華がいいかな。


全く新しい店に入ってみるのもいいし、今までの中から厳選するもよし。

この数年けっこういい店、いい冷やし中華に当たっているのであまり考えすぎないのがいいのかも。


そういえばあの「冷やし中華始めました」で有名なAMEMIYAさんは同郷です(笑)

つまり、、、千葉市は冷やし中華のある種聖地なのかも(笑)



▼2021年

▼2020年


▼2019年




そういえば・・・

2020年、千葉の著名な二人の”冷やし中華論争”を見てこんなことも書きました。





で、最近ではこんな記事も読ませてもらいました。





その大元になっているのが、あの山路力哉さんの、




で、その一部を引用すると


冷たいものは冷たく出すべきではないのか。具材はその具材に合った切り方や大きさにすべきではないのか。タレを麺と絡めさせたいのなら油分を補ったり粘度を上げるべきだろうし、飲ませたいのならしっかりと出汁をひいてもっと量を増やすべきではないのか。私にとって冷やし中華という料理は疑問だらけだ。それは何の疑問も感じず作り続けている料理人や、それを是として食べ続けている客に対しても同様だ。


なるほど、それはわからないでもないですね。

いっぽうらんちばさんは

ただ頑なに嫌いだ、許せないと言い続けているのは、どうかと思われます。
はっきり申し上げて、どうあがいても、夏になると毎年冷やし中華の大ブームが訪れるのですから。それにはそれなりの理由があるのです。

と反論。


この話、実は、山路さんの解釈の原点から掛け違っている気がしてしょうがないです。




この2店での冷やし中華発祥の話はとても有名なストーリーですが、忘れてはいけないのがどちらの店も自ら「冷やし中華」とは名乗ってはいないということです。

この「冷やし中華」という言葉は後付けで自然発生的に出来た言葉で、けっこうボキャブラリー力無くつけられてしまった「あだ名」なんじゃないでしょうかね。

本来なら「涼拌麺」という名称の通りこの「涼」が重要で、その字の通り本来であれば「涼しげ」という表現なのを、いきなり「冷たい」に当てはめてしまったことからの掛け違いのように思えます。



「涼」は「冷たい」で用いられたのではなく、「さっぱりしてさわやか」の意味であり、両店の店主も当初そういうものを作ろうとしたような気がします。

このインタビューでも

昔は冷蔵庫もなくて冷やせないため冷やし中華という言葉もありません。胡麻だれはべとべとするから涼しげではないので、たれは甘酢だけ。甘酢だれだから広まったと思います。涼しさを感じてもらうために、お客さんにお出しするときはキュウリを正面に見えるようにしています

そんな意味合いのことを話されています。

もし「冷やす」ができたなら、そうしていたのでしょうけれど。


まず涼が示す「涼しげであること」、拌が意味する「かき混ぜる」=具材を混ぜて食べる、この二つが基本で、「冷やす」のはあくまでオプションじゃないのかなぁと推測します。

「冷やし中華」を食べた時のことをまずは思い出して頂きたい。その冷やし中華は冷たいだろうか。ヌルくはなかっただろうか。「冷やし」と名乗っていながら、自ら冷えてもいなければ、食べ手を冷すつもりもないその中途半端な姿勢に納得がいかない。
世の中には他にも「冷やし」と名乗っている料理が多く存在する。例えば山形のご当地ラーメンである「冷やしラーメン」には出汁を凍らせた氷が入るし、「冷やむぎ」にも氷が添えられて麺はキンキンに冷えている。さらに懐かしい「冷やしあめ」は飲めば夏の暑い日差しで火照った身体を優しく冷してくれる。全力で冷そうとしている他の「冷やし料理」たちに対して、冷やし中華のヌルい態度は実に不誠実で怠慢だ。

山路さんは「冷やし」という後付けであろう日本語に惑わされてしまったのかもしれません。



例えばイタリアの「パスタ・フレッダ」は日本語になってしまうと「冷製パスタ」になってしまうけど実際は常温です。もちろん氷なんか使わないし、冷蔵庫で冷やしたりもしません。

これも日本語のすげ替えによる、似たような勘違いに当てはまるかもです。



その後に続く、

そして具材に関しても、料理としての独創性や思想、さらには機能性が微塵も感じられない。どの店も横並びでチャーシューもしくはハム、キュウリ、錦糸卵、場合によっては紅生姜など、赤、緑、黄色の色合いのみで選ばれたこれらの具材たち。このチョイスそのものは否定しないが、どの店もそこから抜け出そうとしない現状に料理人の怠慢を見る。

これはたしかに冷やし中華に対してはおおむね否定できないです。

でもそんなこと言ったらラーメンがチャーシュー、メンマ、ネギで固められているのも、中華そばといえばナルトがあったり、彩りだけで味の決め手にならない水菜を使ったりする、つまりラーメンのオキマリ踏襲だってまさしく独創性や機能性を微塵も感じないということになりかねません。


山路さんが言う「横並びでチャーシューもしくはハム、キュウリ、錦糸卵、場合によっては紅生姜など、赤、緑、黄色の色合いのみで選ばれたこれらの具材たち」なのは、長い時間を経た作り手と食べ手の相互理解がいつのまにやらベーシック=基本形となっただけなんじゃないですかね。

翻って私が言う「ラーメンがチャーシュー、メンマ、ネギで固められている」のもそういうことと考えればいいのでしょう。

パーティではフォーマルウェアを着す、みたいなある種の作法なんじゃないかと(笑)



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諸説という通り、私のこの推察もまさに小さな一説です。

定義の正解なんていくら求めても見つからないでしょう。


でも夏になると、らんちばさんが言うように「冷やし中華はじめました」が風物詩として世間に定着したという事実はこの先もそうは変わらないはず。

だから、お正月の風物詩であるお雑煮が全国各地違うように、冷やし中華だってもっとバラエティがあったほうが日本の風物詩としてさらに進化するんじゃないですか、それが山路さん的論理の真意なのかもしれません。



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by sammag | 2022-06-20 00:01 | SAMの雑話・雑感 | Trackback | Comments(0)

人生は旅。旅は人生。日々は扉の向こうとこちら側。キャンプ・食・星・日常を綴る、アウトドアライター・キャンプブロガー・JACインストラクター/講師・温泉ソムリエマスター/温泉健康指導士・星のソムリエ® ・exite公式プラチナブロガー SAMの人生キャンプブログ


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