
(tenki.jp より)
ここ数日の九州、中部、信州での記録的な大雨。
まず何をおいても、災害に遭われてしまった各土地の方々には心からお見舞いを申しあげます。
コロナで大変な日々を過ごし、そしてこの大きな災害ではやり切れない思いでいらっしゃるでしょう。
私の知人も被災をされてしまったようですし、
毎年お世話になった上高地の各ホテルの孤立は、昨年濁流を目の当たりにしたので他人事ではありません。

これは昨年の上高地の梓川ですが、今回はこんなもんじゃなかったと思います。
実際ライブカメラで見た時、とんでもない水位でした。
さて、今回も何度も耳にした「50年に一度の記録的大雨」という言葉。
私のいいかげんな解説では正確性がないので、こちらを頼ります。
かいつまんで言えば、
50年に一度というのは「その地域で」という意味。「日本で」50年に一度の大雨ではない。全国で観測点や基準点が多ければ多いほど、どこかで「50年に一度の大雨」は降りやすくなる。
気象庁は全国を5km四方に区切った地域ごとに「50年に一度の大雨」の基準を算出しており、その数は全国で約14,000ある。それだけの数があれば、基準を超えることも珍しくない。
ということなんですね。
これを見ると、私の住んでる千葉市なら3時間で144ミリ、
たとえば台風によく襲われる高知県高知市なんかは248ミリと100ミリも警報が出る度合いが違います。
なので「50年に一度」という言葉の綾はひとまず置いておいて、
とにもかくにも「今その場がMAXで危険」なんだと理屈で受け入れるしかないです。
自分に置き換えれば、たしかに50年以上生きてきて、
過去を振り返ると生命の危険にさらされたのは3度ほどありますが、
それでもとりあえず現在ちゃんと元気なわけで、
でも、仮に目の前の「50年に一度の記録的大雨」を無視したら、
今度こそ命の保証がない、そう言い聞かせます。
50年に一度のことに出逢う確率が多発している、
これは真摯に、そして自分事として普段から認識しなければいけないと強く思いました。
ここ数年の記録的大雨、昨年の台風被害、
そして新型コロナウィルスなど、自然からのなんらかのメッセージであるのか、
それはわかりません。
同時にますます隆盛するアウトドアブームとは、私はどうしても合わせ鏡で見てしまうのです。
何かがあるんじゃないか、と。
このことだけはもっともっと考えたいと思っています。
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