日記、ライフログ

【5031投稿】平成の最後に。吉田拓郎その言葉と過ぎ去った我が青春時代 その②


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※この文章は 【5030投稿】平成の最後に。吉田拓郎その言葉と過ぎ去った我が青春時代 その① の続きです





先日、吉田拓郎がラジオの中で喉頭がんであった自らの闘病生活を打ち明けました

家族の愛情に、声を震わせ、言葉を詰まらせながら・・・



本人もその前段で語っていたように

「本当のこと」を語れるのはラジオとライブだからなのでしょう。

そして、今言っておく必要があったから、そんな気もしました。




<本人の生声>




現在72歳、吉田拓郎「ラジオでナイト」

3月31日をもって放送を終了

この2年、一人でしゃべり、一人で「本当のこと」を語り続けました。



「あれなんてさぁ、みんな口から出まかせだよ」

「昔のことなんてもうどうでもいいじゃないか」

「今をどう生きるのかのがよっぽど大事だよ」

「過去の付き合いはバッサリ切った」

「旧い!旧いなぁ~」

「雷が怖い」

「佳代~~~ッ!!!」

「違うんだよ、君たちはわかってないなぁ、吉田拓郎のことを」

「音楽はね、もっとね、深いんだよ~」

「いい作品に触れると、心が豊かになる」

「いや~、好きだなぁ、これ」

「起立!気を付け!礼!(着席はなし)」

「ディミニッシュ、オーギュメント、こういうのを使うんですよ、吉田拓郎さんは」

「本質なんてどうでもいい。カタチから入るんだ、オレは(笑)」

「男の僕が言うのもなんだけど、彼(米津 玄師)はセクシーです」

「リクエストが来てますけど・・・・それ、かけません!(笑)」

「たかがさぁ、歌じゃーねーか! でもね、されど歌なんですよ」

「真実というのは、ライブの中にある」

「頑張れなくても、許されることはある」

「オシャレっていうのはね、とても大事なことなんだよ」

「男たち、君たちはダメだね。女性からもっといろいろ学びなさい。わかったか!?」

「心をいっぱいいっぱいに開いてね、新しい波を全身で浴びる。今の自分はこうありたい」

「弾き語り時代の吉田拓郎なんて忘れちまいな。そんなレコードはもう棄てなさい。ね!」

「僕の人生はつまづきの人生なんだよ。アハハハ(笑)」

「今自分は、人生のエンディングを奏でている最中」




ずっと聞き続けました。

ここ20年、どんな本よりも、どんな人の訓示よりも、一番の納得の時間でした。


音楽の解釈はもっと深いところにある、晩年に掴んだ夫婦の時の過ごし方について。

映画、スポーツの所感。時に話す人生訓。

そして、本人が言う「吉田拓郎正史」、その時代背景。

あの、昭和の時代、若者を引っ張っていった一人の男が、

「老い」という人生の後半にあたり、様々なことが起こり、様々な変化をし、様々な思いを巡らす。


過去をおもしろく振り返りつつも、その真実を今だからこそと時に正しながら、しかし過去に酔いしれることはしない。


僕ら人生の折り返しを過ぎた人間は、大事な遠い過去をたくさん持っているのは間違いないし、それを苦々しく、また同時に尊く思うのはいいけれど、それを口に出して、ただただ賛美をするのは実に「カッコウわるい」。

今を生きる、今の正直な生きざまを見せる、その方がずっとカッコウいいじゃないか、と。

老いた者はもっと若い人から学べ、凝り固まった男たちはもっと女性から学べ、と拓郎は言う。



昭和のある時代、私もすごくいい時代を過ごしてきたのかもしれませんが、

吉田拓郎の言葉を傾聴して、もう「あの時代はよかったなぁ」という言葉は要らなくなりました。



「欲しかったものたちに 届いたでしょうか 走り抜ける風を つかめたでしょうか」



「今自分は、人生のエンディングを奏でている最中」


大変身勝手な曲解をすると、吉田拓郎は生前にして人生そのものの整理をしているのではないか、

もしかしたら、自分の命の期限が見えているのではないか。


これはぜんぜん絶望的な意味ではなく、

いずれ終わりはどうせ来る、だったらいま何をしておくべきか、それが見えてきた

そういうことくらいなのでしょう。


このラジオも、今年行われるコンサートも、最終章として納得のケリをつける。

ケリはつけるけど、実は終わりということでもない。


吉田拓郎は、そんな言い方を人前では絶対にしないし、そもそもいうべきことではない、そう思っているでしょう。

でも、そうじゃなければきっと最終回を迎えるこの時期に、がんの告白を突然にはしなかったのではないかと思うのです。

そのことを一応言っておくけど、なおかつ「今の吉田拓郎」をちゃんと見ろよ、と我々に伝えた、

私は勝手にそう解釈しています。



そして同時に、


「人間は、心と身体が健康でないと、力がわいてこない」

「愛情があふれた日常でないと、人生は味気ない」


という二つを残しました。


「ラジオでナイト」は「ラジオでないと」にかかっており、

吉田拓郎が伝えたこの言葉も偶然「・・でないと、」が使われていました。




明日新元号が決まり、昭和は一昔以上前となり、その時代はみな「過去の過去」でしかありません。

私もこの新しい時代に、すでに始めていた「人生の整理」、それを終わらせる時代にします。


それは悲観なんかではなく、

小人であっても、吉田拓郎のようにやってできるんだ、という前向きに、です。


「 越えて行け そこを  越えて行け それを  今はまだ 人生を 人生を語らず」



私の家の近くには、吉田拓郎が若き日をほんの少し暮らした「広徳院」というお寺があります。

そこには今、一切吉田拓郎の面影を残すものはありません。



人生では「マイルストーン」というものを必ずどこかに置いていくけれど、

それは他人から見たらただの石ころ。

その石の価値は、その人にしかわからないことです。




The first one now will leter be last

新しかったものはいずれ旧いものとなり、とってかわられてしまうのだ


For the times they are a-changin'

時代は変わっていくんだよ。



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The anser is blowin' in the wind.

答えは、流れる風の中さ。






by sammag | 2019-03-31 07:00 | 日記、ライフログ | Trackback | Comments(0)

人生は旅。旅は人生。日々は扉の向こうとこちら側。キャンプ・食・星・日常を綴る、アウトドアライター・キャンプブロガー・JACインストラクター/講師・温泉ソムリエマスター/温泉健康指導士・星のソムリエ® ・exite公式プラチナブロガー SAMの人生キャンプブログ


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