知らない街で、知らない店に偶然に出会う。
この興奮と「よかったなぁ」という感覚。
「失敗しない」ためにいろいろな情報を事前に調べるのが当たり前になる昨今、自分の勘だけで店を探す楽しさが失われているかもしれません。
見つけました。
大阪の茨木市で。
まったく何の情報もなく、突然目の前に入ってきたその情景で「ここだ!」と思ったお店。
『ちゃあしゅうめん ゆうらい』
こののれんと提灯にイチコロ。
これは何かある、と。
さらにいえばラーメンではなく「ちゃあしゅうめん」という表現にビビッと。
また実に面白いところにあります。
駅からは2分くらい、でも繁華街でもないし、かといって住宅街とも言いにくい微妙な位置。
これがまたなにかがあるな、と。
流行りのイメージ重視の美ワード「濃厚・・」とか「旨塩・・」とか全く関係なし。
こういう衒いのないメニュー構成になっているというのは、言葉の装飾を必要としない人たちに長く「守られている」可能性があります。
元気のいいお母さんに案内させる。
お客さんが整然としている。
そわそわしていない。
出てくるものに安心している、もしくは信頼している、その空気感。
これは期待できる!
「らぁめん」
「ちゃあしゅうめん」
オールひらがなになにやらの愛情を感じます。
にんにくらあめんはその場ですりおろしたものを乗せるそうです。
100円の差は、材料の差ではなく「手間」の差でしょう。
麺には「ちゃあしゅう」をもちい、
おつまみには「やきぶた」をもちいいるのはご愛敬。
だいたい共に「煮豚」なので両方間違いですけど(笑)
ぎょうざも食べちゃおう。
ぎょうざのタレは注文の人にだけ出てきます。
ラーメンたれは各テーブルやカウンターに。
きました。
ニラの透けて全体が緑色。
いい味でしたよー。
よく練り上げたあんが薄い皮にくるまれ、見た目以上に繊細。
タレもそれを邪魔しないもの。
そして、ちゃあしゅうめん。
期待を裏切らない押し出し。
虚飾の飾りつけなど全くなし。
かといって味気なさがないのではなく、一種の躍動感を感じます。
スープは西にしかない、京都、尾道、徳島といった味にも共通する濃いしょうゆ味。
しょっぱい、というより、からいと言った方が合っており、あれだけうどんがさっぱりしている西がなぜにラーメンになるとこうなるのか不思議な気がします。
これまたクセになるわけですが・・。
その濃さのあるスープを受け止めるのがストレート太麺。
これは個人の意見ですが・・・
ロールバラチャーシューには多少飽き飽きしています。
なんで最近あればかりなんですかね。
ラーメンの煮豚=チャーシューはこういう締まったものこそ、と私は断固言いたいです。
これだけの量でもバランスを崩すことがない。
どのタイミングで食べても美味しい。
美味しいものの定義は多々あれど、私はその時に感じた以上にその日以降に記憶に強く定着したものを「美味しい」と認識しています。
「後を引く」です。
出会い、そして後を引く。