SAMの雑話・雑感

【W杯の記憶】ヨハン・クライフはかく語りき。1974年、美しきフットボールヒーロー

【W杯の記憶】ヨハン・クライフはかく語りき。1974年、美しきフットボールヒーロー_b0008655_01083534.jpg


24日、ヨハン・クライフ氏死去

ヨハン・クライフ、つたないサッカーファンとしての、私の最大のヒーローだった。

ペレもなければ、マラドーナもなく、もちろんメッシも、C・ロナウドも自分の中ではクライフに遠く及ばない存在。

ちょうどサッカーに興じ始めた小学校高学年、「三菱ダイアモンドサッカー」で放送された1974年のワールドカップ西ドイツ大会

そこにいたヨハン・クライフのプレーは、今をもってしてもワールドカップにおける最高のパフォーマンスと強く印象付けられている。

何よりも目に焼き付いた「背番号14」

優勝こそ果たせなかったものの、クライフという人がそこにいたから、今のサッカースタイルはある、そのぐらいのパラダイムシフトがあの時に起こっていた。


「ボールを動かせ、ボールは疲れない」

「フットボールはとてもシンプルなものである。しかし、最も難しいのはシンプルにプレーすることである」


あのクライフのプレーがなければ、今のバルサなんかない、さらにいえばキャプテン翼だって生まれていない、本当にそう思う。

敢えて作者は言わないが、翼くんのモデルはクライフ以外あり得ない。

1974年W杯のクライフのプレーはyoutubeでもそんなには残っていないが、もしそれが見れたなら「リアル翼くん」がそこにいるはず。


「ボールは友人であるという事だ。ボールが望むようにプレーする。友人でなければ、ボールはどこかへ行ってしまうからね」




【W杯の記憶】ヨハン・クライフはかく語りき。1974年、美しきフットボールヒーロー_b0008655_01084376.jpg


ひょろひょろっとした体格。背は高いけど全然ガッチリしていなく、これでサッカーに向くのかなというくらい。

ところが、一旦スイッチが入った時のそのカミソリのようなトップスピードと、足にボールが張り付くようなドリブルは驚愕。

あの有名なクライフターン。異次元の切り替えし。


「私はフットボールを始めて以来、多くの選手を見てきたが、みんな私より下手だった」

「まずボールコントロールだ。それが全ての基礎だ。ボールをコントロールできないようなら、ボールを追いかけて走るようになる。それではフットボールではない。他のスポーツだ」

「スピードとはなんだ? 相手よりも先に動き出せば、相手よりも速く走ったことになる」

「速く走れるのはいい。でもプレースピードを決めるのは、ボールの動く速さだ」



【W杯の記憶】ヨハン・クライフはかく語りき。1974年、美しきフットボールヒーロー_b0008655_01084788.jpg


トータルフットボール。この年のオランダが生み出した戦術。

けれど練りに練ってできた戦術でもなんでもなく、ある意味苦し紛れにできあがったもの。

逆に言えば、同じことをしていては勝ち上がることはできない、だったらどうするか・・大胆に常識を打ち破り、強い精神力と個々のアイデアもってして革新する。


「フットボールは頭でやるものだ。足はそれを助けるためにある」

「月並みなやり方をするくらいなら、自分のアイディアと心中した方がマシだ」

「プレッシングは優れたテクニックの前では無力だ」


クライフのみならず、ニースケンス、レンセンブリンク、クロル、レップ、ヤンセン、ハーン・・とにかく均衡がとれており、この誰もがアイデアに満ちていたし、クライフはまるで彼らを操るコンダクターだった。

その当時、今はない「センターフォワード」という絶対的な存在があり、優勝した西ドイツにはまさにそれ代表「爆撃機」ゲルト・ミューラーがいた。

クライフもポジションはセンターフォワード。現在のバルサの基礎にもなった4・3・3フォーメーションのトップ。

しかし彼はゴールの前に立ちつくすゴールハンターではなく、縦横無尽にフィールドを美しく闊歩し、時にうっとりするようなパサーになり、あるときはこれ以上ない華麗なゴールを決める。

ブラジル戦のあのダイビングシュート一発で「フライングダッチマン」と称される。


「守り切って勝つより、攻め切って負ける方が良い」

「サッカーでは100Mより30Mから40Mをはやく走ることが重要。だがもっと重要なのは”いつ”走るかだ」

「1000回リフティングができることは技術と呼ばない。技術とは、ワンタッチで、ちょうどいいタイミングで、取りやすいボールをチームメートの利き足にに届けることだ」

「ボールを持てば私が主役だ。決定するのは私で、だから創造するのは私だ」




【W杯の記憶】ヨハン・クライフはかく語りき。1974年、美しきフットボールヒーロー_b0008655_01085187.jpg


私にとって、1974のあのクライフ以外は全く興味がない。

バロンドールも、アヤックスも、バルサも、監督時代も全く興味がない。

1974年に見たものに全てがあるから。

ここに書いた名言も、それは1974年に言ったものではないけれど、これら全てはあのワールドカップでのプレーで完ぺきに証明してみせている。

「敗因は、ドイツ人の凄まじい闘争心に対抗できなかった。・・・私にとっても長いサッカー人生の中で一番ダメージを受けた出来事かもしれない」

「いくら技術に優れたスーパースターでも、その上には、勝者が、チャンピオンがいるものだ」

「美しく敗れる事を恥と思うな、無様に勝つことを恥と思え」


準優勝。トータルフットボールはその後のサッカーを完全に変えてしまったのに、チャンピオンにはなれなかった。

上記の3つはその刹那を言っている。


1974年のクライフ、フットボール史における、美の頂点。

記録ではいくらでも上回る人がいたとして、あの美しいプレーを凌駕できた人はいない。

10番でもない、9番でもない、8番でもない。7番でもない、14番。

こんな美しい背中を持つフットボールプレーヤーは誰一人いない。


「クオリティがあっても結果がなければ、的外れだ。 結果があってもクオリティーがなければ、退屈だ」

「理想のフットボールとは、常に勝ち続けること。スペクタクルでファンタスティックなプレーで」

「本当に素晴らしいフットボールは、国境を超え、自分の属する国籍までも忘れさせ、人々を熱狂させることだ」

「美しく勝利せよ!」


platinum

トラックバックURL : https://samcamp.exblog.jp/tb/25571455
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by sammag | 2016-03-24 00:09 | SAMの雑話・雑感 | Trackback | Comments(0)

人生は旅。旅は人生。日々は扉の向こうとこちら側。キャンプ・食・星・日常を綴る、アウトドアライター・キャンプブロガー・星のソムリエ® SAMの人生キャンプブログ


by SAM